《》内はルビです P.145 1 "機上火器管制員! 火器類ノ保安回路スベテ解除!" 「火器保安回路・レッド表示確認」  ネンネの声。    《タンデム》  狭苦しい前後配置の後席(電子/航法/火器管制席)についてる ネンネは、スタンバイになってた艦橋通信系等をオンにして離着艦 指揮所を呼び始めた。 「離着艦指揮所!  こちら<隼>チンチラ・ムーン5、慣性航法の基準座標、下さい」 "離着艦指揮所了解"  離着艦指揮所はネンネの声にすぐ応答してきた。  ネンネの声がひどく緊張している。  無理もないわ……。  あたいだってガチガチだもの・・・・・・。  大丈夫かしら?  戦闘宇宙艇に搭乗するのだって始めてなのに、これは慣熟飛行ど ころか実戦なのよ。  任務は索敵だけれど、それで済む訳はないの……。  とにかく冷静になるしかない……。  落ち着きましょう……。  あたいは自分にいいきかせた。  やがて、  ピッピッピッピッ……。  あたい達ののってる<隼>に搭載されている慣性航法装置に、母  艦の現在位置の座標を送り込む短い信号音がかすかに聞こえてき た。 「慣性航法の基準座標チェック!」 "離着艦指揮所、チェック了解"  ハーネスの固定からキャノピー密閉、生命維持システム全部の状 況を示す表示のオール・グリーンをもう一度確認してから、あたい は後席のネンネに向かって言った。 「いいかい、ネンネ、行くわよ!」 「いいわ」  ネンネはすぐに答えてきた。  あたいはちょっとヘルメットの首を捻って隊内連絡無線の回路を 生かした。 「離着艦指揮所!  こちら<隼>チンチラ・ムーン5、離艦態勢よろし!」 P.146  固い人口音声がすぐに応答してくる。 "離着艦指揮所了解、  チンチラ・ムーン5、  射出甲板への移動に待機せよ" 「チンチラ・ムーン5・了解」  がくん! とショックが襲い、キャノピーの外に見える格納甲板 のブルウに塗装された壁面の黄色い表示の文字や色分けされたパイ プなんかがゆっくりと背後に流れ出し、宇宙艇は射出甲板へと運ば れていく。  いよいよだわ……。 "戦闘情報リンク・開く"  戦闘指揮所の無表情な声。  あたいの目の前の副ディスプレイにも精密な戦闘/航法情報のパ ターンが現われ、きれいな宝石筺みたいな光を放ち始めた。 「戦闘情報リンク・開いた」  すかさずネンネの声。  ズーン! <隼>は射出甲板へとリフトで移動していく。  ガァン!  だしぬけに背中から猛烈なショックが襲ってきた。  まるで、操縦席の背板で後ろから全身をブッ叩かれたような感じ。  覚悟はしていたけれど、その強烈さったらほんとに息が止ってし まうほど……。  艇の正面にぽッかり丸く開いていた小さな星の海が恐ろしい勢い で迫ってくる! と思った次の瞬間、あたいはもう目の眩むような 星空の真ン中にいた。  気がつくと、その星空が艇の軸戦を中心にかなりのスピードでぐ るぐる回転している。  射出のはずみでスピンが掛かったんだわ。  これは、あたいも100型につんである救急艇の訓練で経験してるか ら、わざと手動修正選択で素早く "当て吹かし" を掛けて軽くスピ ンをとめた。  そこで一息……。  あたいは後席に声をかけた。 「ネンネ。大丈夫ね?」 「あたし?  大丈夫よ、  どうして?」  ネンネのきょとンとした声。               《こ》  相変わらずなンだよねぇ、この娘は……。  ここで "どうして?" も何もないじゃないの……。  艦載宇宙艇で射ち出されてから何の気なしに母艦の射出ハッチを 振り返ってみたら、艇体の後半分がカタパルトのフレームに噛み取 られてたとか、ハーネスの固定が甘かったもんだから射出された時 に後席の火器管制員の首がヘルメットごとムシれて、管制員席には 首なし屍体が座っていて、その足元にゴロリと血まみれの首が転が ってた……なんて事故はざらなんだよ。  だから艦載艇で発信した直後には、後席の安否を確認するのがル ールになっているのに……。  まぁ、とにかく手順通りにネンネの無事を確認したあたいは、目 の前のディスプレイに目をやった。 P.147  そしてチェックリストに従って、噴射管制系統の保安ロックを次 次と解除していき、パネルの赤ランプ点灯を確認してから主機噴射 管制レバーを握った。 「行くよ!」  それだけ言って、あたいはぐい! とレバーを進めた。  ガァーッ!  とたんに、艇体が割れるんじゃないかと思うような凄まじいエン ジン音と一緒に、体がイヤというほど座席に押さえつけられた。  射出の比じゃない激しさ……。     《いき》  ほんとに呼吸ができない。  話に聞いて想像はしていたんだけれど、このまま体が潰れてしま うんじゃないかと思うくらい……。  戦闘宇宙艇だから性能第一、搭乗員の事なンか全然考えていない んだとあたいは改めて思った。  苦しいわけなのよ。  なにしろ加速度が掛かっただけじゃないの。  加速度と同時にあたいの体を包んでる搭乗服の胸からおなかの辺 りがキュゥッ! ときつく締め付けられて、急激な加速度で起きる 血行障害や失神を防いでくれるんだけれど、そのきつい締まり具合         《g ス ー ツ》 がまたいつも着てる民間用搭乗服とは桁違いに強烈なのね。  でも、フライトプランに合せてあらかじめ組まれてるプログラム 通り、加速はほんの数秒で終った。  そのとたん、真上に艇体を引き起したような感じは消えて、まる で風船みたいにふンわり! と体が軽くなる。  こうなればしめたものよ。  あぁ、あたいがいま飛ばしてるのは艦載戦闘宇宙艇の<隼>なん だわ!  あとはそう叫びたい感じだけになるの。  母艦そのものがベクトルを持っていて、そこに射出のベクトルが          《マクリをかけた》 加わって、そこにまた加速噴射したわけでしょ。でも、窓の外は遠 い星ばかりで比較するものはなにもないから、転針中や加速度が掛 かってる時以外はなんのスピード感も体に感じないんだけれど、と にかく "マッハでいくつ" なんてレベルの話じゃないわけよ。        《うちのかいしゃ》  あたい達が <星海企業株式会社> でいつも乗ってる100型宇宙艇な んかでも、軽くマクリながらシャープに舵を絞り込めば全身にぐー ッ! と強烈に "迫られ" はするんだけれど、なんせ100型だと機体 重量の割にパワーは小さいからどうしても舵の利きが鈍いわけよ。  だから、艇の運動には重々しいイメージがつきまとうの。  それはそれなりに、ズゥン……! という豪快な感じがあってあ たいは嫌いじゃないし、よくそれをやっちゃぁ "お客" に文句をつ けられたりするんだけれど、もぅぉ、この戦闘宇宙艇のフィーリン グは全然違う。  いろんな電子機材と飛び道具がびッしり詰ってるだけのスリムな 筒状の艇体にやっと縦穴ふたつというタンデム服座のコックピット でしょ。そして、艦載の戦闘宇宙艇だって大気圏内の格闘戦に縺れ 込む事はあるから、空力安定板は大きく張り出していて、その先端          《ふかせかじ》 に桁違いのパワーを持つ噴射舵のポッドが装着されてるという構造 だから、モーメントが大きくていやでも噴射舵の利きは猛烈に鋭く てクリティカルなわけ。  まるであたいの体がそっくり宇宙艇になって、そのまま星の海の 中を富んでる……という生々しい実感があるわけなのよ。  それじゃなきゃ、接近戦で生き延びるのは難しいわけね。 P.148  ビー!  突然、けたたましい警報ブザーと同時にパネルのディスプレイが 明滅し始めた。 "2時上方向ニ敵味方不明ノ3目標!  2時上方向ニ敵味方不明ノ3目標!"  索敵警戒レーダーの耳障りな声。  来たわ!  胸がきュンっ! となった。  反射的にヘルメットのフェースプレートを下ろす。  とたんに目の前は、戦闘情報を示すディスプレイのきれいな記号 や文字が現れた。 "2時上方向ニ敵味方不明ノ3目標!  2時上方向ニ敵味方不明ノ3目標!" 警報システムがしつッこく繰り返す。 "2時上方向ニ敵味方不明ノ3目標!  2時上方向ニ敵味方不明ノ3……!" 「判ったよ、バカ!  何度も言わなくたっていいんだ……」  思わずそう言いながら、あたいは唇をチュッと鳴らして警報シス テムをリセットした。 《 I  F  F 》 「見方識別装置起動!」 ネンネの声が耳元でした。  そしてすぐ、 「IFFに見方信号の入電なし」  敵だわ!  あたいがそう思ったとき、  また警戒システムが耳障りな声を出した。            《デ コ イ》 "2時上方向ノ3目標ハ偽ターゲット!" 「バカ!」  びっくりさせやがって……。  敵は目くらましを噛ませて来てるわよ。  しっかりしな!     《デ コ イ》  しかし偽ターゲットだという事は……。 そのとき、またもやビーッ!  そして警戒システムが叫んだ。 "5時下ニ敵!  接近シテクル!  5時下ニ敵!  接近シテクル!  間モナク有効射程内ニ進入スル"  大変だ! 《デ コ イ》  偽ターゲットでこっちの目を逸らしといて後から忍びよった敵 は、もうあたい達のお尻に食い付きかけてる! 「空戦機動!」  あたいはとっさに叫んだ。  これは物凄い接近戦になる!  あたいの声に、目の前のディスプレイがぱっと空戦機動モード表 示に変わった。  ほんと、敵はあたい達の5時下(船尾右下方向)からぐんぐん距 離を詰めてくる。 "敵は<ギーゼンスッタク>の21!" P.149                《マ ク》  そんな声を聞きながら、あたいは一気に増速するとそのまま左へ ブレークした。  猛烈な急旋回が始まったと同時に  ピーッ!  目の眩むようなビームがコックピットの右外すれすれを走って星 の海の奥に消えた。  レーザー機銃の点射一発。  2ミリかしら……。  ほんとにきわどいところ。  もし敵がスキャン連射してきていたら完全におしまいだったわ。  そして、がくん! とこっちの速度が落ちて、ほとんど直角に艇           《はす》 首を降り始めた艇の底を斜かいに抜ける形で、敵はこっちの前方1 1時あたりに出てきた。  やった!  後から忍び寄ったつもりの敵は、見事あたいに躱されオーバーシ ュートして、あたいたちの左前方に出てしまったわけ。  素早く舵を返してマクりながら敵のお尻に食らいつく。 「ターゲット、ロック!」  目の前のカーソルがパッ! と赤い照星に替ったかと思うと  ズゥン!  素早くネンネがミサイルを発射した。  ガクン!  猛烈な発射の反動で艇の速度が落ちたのと同時に、敵の宇宙艇の 大きな安定板の下から現われた強烈な光の塊がムクリ! と眩しい 雲の塊りに膨らんだ。  やった! 命中!  でも……。  命中にしては、コンマ数秒ばかり早いんじゃないか? とあたい も思ったんだけれど、 《 ミ ス 》 「攻撃失敗! ミサイルのバカ!」  ネンネが口惜しそうに叫んだ。  そうか、やっぱりミスしたんだ!  あたいは思った。  あのミサイルのホーミングシステムはアクティブ・レーダーだか ら、敵の吹き出したガス雲みたいなチャフを敵の本体だと誤認して とっさに進路を変え、一気にその雲の中へ突入して自爆してしまっ た……という訳。  ミサイル本人はお利口なつもりなんでしょうけど、やっぱり機械 の浅ましさ……って奴なのよ。  それにしても見事なこと。  敵はたちまち拡散するアルミニウム・ガス雲を残して大きく左へ 回り込む。  あたいは、敵のお尻に食いついてる今のポジションをなんとか保 とうと努める。  突然、敵は猛烈な横転旋回に入った。  敵ながらあっぱれ、ほんとに信じられないほど見事な横転操作… …。  あっ! と思う間に敵との距離が詰まる。  とっさにあたいは減速噴射を掛けながら同じ方向に横転を掛けた 寸前、敵は逆方向に切り返した。  嵌められた!  あたいが回復操作に入る間もなく、敵のお尻を横切るような形で P.150 こっちは前へ出そうになった。  シザースで来た!  お見事!  あたいは慌てて右にブレークすると一気にスパイラル旋回に突っ 込んだ。  いけない!  敵の切り替しが一瞬早かった!  敵のお腹をかすめて前に出たこっちの頬ッペすれすれを眩しいビ ームがかすめた!  いけないっ!  大変だ!  とっさにあたいがスパイラルを深目に切り込んだ時、パッ! あ たいの鼻先で目の眩むような閃光が炸裂した。      《デ コ イ》  ネンネが偽ターゲットを発射した……。  ドッカァン!  ガッツン!  いやという程の衝撃!  そしてあたりは真ッ暗になった。  あぁあ!  やられた……もうおしまい。     《デ コ イ》  これは偽ターゲット発射の反動なんかじゃない……!  糞……!  あたい達の負けだわ!  仕方ないから、あたいは素直に降伏モードにして主機を落とし、 ハーネスを外しフェースプレートを上げ、戦闘シミュレーターのキ ャノピーを開いた。  癪だけど仕方ないわ……。 「やったぜ! バンザァイ!」 「金米糖錨地」 「五郎八お兄ィ様! お見事!」 「椋十バンザイ!」  ハンガーのフロアへじかにすえられたシミュレーター管制卓で                      《しろきすな》 "対戦" していた五郎八・椋十、それを囲んでる白沙基地の娘達が いっせいに喚声を上げて拍手した。  これが頭に来ちゃうのよねっ!  ケッ!  何が五郎八お兄ィ様、バンザイさ!  生意気だったらないわ!  でも……、  面白かった。  はるばる金米糖錨地からやってきた花組のあたい達のやられた相 手が五郎八・椋十というのはどうにも悔しいんだけれど、とにかく あたいは目一杯スリルを満喫したわ。  だって、シミュレーターでもなんでも、うら若い乙女が戦闘宇宙 艇で宇宙船をやるチャンスなンてないんですもの。 2  貴女もフライトシミュレーターってものは知っているでしょ?  そう、本物の宇宙船のコックピットだけ切り離して三次元の油圧 P.151 駆動機構に乗せ、それを電脳システムのプログラムと連動させて、 コックピットの操作に応じて、本物で飛ぶみたいにリアルな体験を させてくれるわけね。  まず、キャノピーの外のディスプレイには宇宙港のシーンが映っ ているの。  これだって高度なシミュレーターになると星系の主な惑星宇宙港 と衛星軌道宇宙港の本物の状況が細かいところまでちゃんとプログ ラムに入っていて、実在の繋留ポイントや錨地まで資格に指定出来 るのよ。  そしてマニュアルの手順に従ってエンジンを起動すればズシン! と本物そっくりのショックが起るし、管制所のクリアランスをとっ てからプレー機をレリーズしてちょっと吹かせばズン! と反動が きて、ディスプレイに映る窓外のディスプレイが動き出す……って な具合で、まるで本物に乗ってるような感じになる訳なの。  下手な操作をすれば、ほんとに墜落事故だっておきるんだから… …。  イヤというようなショックで叩きつけられて、あたりが真ッ暗に なってしまうのよ……。  さっきみたいに……。  もともと宇宙船搭乗員の要請は実記を使う前に何十時間かは、そ んなシミュレーターを使ってやるわけね。  なにしろド素人同然の訓練生に本物をあっさり壊されると大変じ ゃないの。  だから、あたい達がいつも乗ってる100型宇宙艇だって、メーカー ではちゃんとしたシミュレーターを作っているの。    《うちのかいしゃ》  でも <星海企業株式会社> は貧乏だからそんな物を買う余裕があ れば実機を買う足しにしたい訳よね。  だからあたいもシミュレーターは <涯工>(星涯重工業株式会社) で一度やって見た事があるくらいなの。            《うちのかいしゃ》  それに、なんたって<星海企業株式会社>じゃシミュレーター抜 きに最初から墜落事故承知の "本物" で新人を絞るというとンでも ない危険な事を平気でやらせるあたりが、もともと銀河乞食軍団な んぞと呼ばれてる原因でもあるわけなのよね。           《うちのかいしゃ》  それで、これまで <星海企業株式会社>じゃぁ、シミュレーター とは全然縁がなかった訳なの。  そしたらさ……。  最初から話すわね。  半年ばかり前のことなんだけれど、第三惑星炎陽に近い小惑星群 <松島>で<飛脚運送>の貨物宇宙船が小惑星塊と衝突して動けな       《うちのかいしゃ》 くなって、<星海企業株式会社>に救援を頼んできたの。  それで、白沙基地の通称 "ゴロツキ組" 、五郎八、椋十、虎造達          《ウンコ》 がうちの貨物宇宙船<雲呼>で出動したわけ。  そして、ガラは悪いけれどあの連中の整備の腕はそこそこだか ら、小惑星にブチ当てられて故障したその宇宙船の手記の応急修理 を軽くやってのけたのね。  それでその帰りに、あの連中の事だからどこをどうウロウロして いたんだか知らないけれど、とにかく小惑星群の只中で遭難した宇 宙艇の残骸を発見したというわけ。  まぁ、そんな事はよくあるんだけれど、なんと、それが星系宇宙 軍の<隼>戦闘宇宙艇だったとゆうわけよ。  何が起きたのか、発見の報告を受けた星系宇宙軍はお決まりの軍 事機密とかでなんにも教えてくれなかったけれど、もともと行方不 P.152 明になった時に向うが捜索を諦めて放棄した機体だから今更、返却 しろなんて言える立場じゃないわけよね。